複雑性の時代に、リーダーは何を発達させる必要があるのか

Deborah Pascoeの研究との対話から考える

01私たちは、リーダーの「何」を育てているのか

リーダーシップ開発の仕事を続けていると、ときどき根本的な問いに戻ります。私たちは、リーダーの「何」を育てようとしているのか。知識やスキルなのか、行動なのか。それとも、人が世界を捉え、意味づける力そのものなのか。

この問いを改めて考えるきっかけになったのが、オーストラリアのリーダーシップ開発の実践者・研究者 Deborah Pascoe との継続的な対話です。Deborahは現在、「Developing Dynamic Leadership Skills for Navigating Complexity」をテーマに博士研究を進めています。

彼女の研究は、複雑で不確実な組織環境をnavigateするために、リーダーにはどのようなdynamic leadership skillsが必要なのか、そしてそれらをどのように発達させられるのかを探究するものです。LeadershipとAdult Developmentを接続し、Integrative Developmental ScienceとDynamic Skill Theoryを手がかりに、理論と実践の間を橋渡ししようとしています。

02複雑性に対応できるリーダーは、何が違うのか

Deborahの研究では、オーストラリア・ビクトリア州の公立病院のC-suite leadersへの詳細なインタビューを通じて、上級経営幹部が複雑性をどのようにnavigateしているのかを探究します。特に興味深いのは、本人にとって暗黙的であることも多いmicro-level skillsまで明らかにしようとしている点です。さらに、複雑性に圧倒された場面では、どのskillsが十分に発達していなかったのかも探ります。

これは私自身の実践上の問いと重なります。成果を上げてきたリーダーほど経験、専門性、判断力を持っています。しかし複雑性が高まるほど、それまでの成功を支えた「正しさ」や「確信」が、新しい現実を見ることを難しくすることがあります。

リーダーシップ開発とは、もっと知ることだけではない。すでに知っていることを、自ら問い直せるようになることでもある。

03Intellectual Humilityを「行動」にまで落とす

私が現在探究している重要な概念の一つが Intellectual Humility(知的謙虚さ)です。これは単に控えめであることではありません。自分のknowledgeやbeliefには限界があり、自分が間違っている可能性を認識し、それに適切に応答できることです。

Deborahとの対話で特に示唆的だったのは、Intellectual Humilityを抽象的な資質として語るだけでなく、練習可能なmini skills / micro skillsへ分解できるのではないか、という視点でした。自分の理解に何が欠けているかに気づく。問いを早く閉じない。複数のもっともらしい説明を同時に保持する。不確実性の中に留まる。異なるperspectiveを求める。新しい情報によって自分の考えをupdateする。

「もっと知的に謙虚になろう」では行動は変わりにくい。しかし「What else might be true? と一度問う」なら、明日から練習できます。研究上の概念を、日常で反復可能なpracticeへ変換すること。ここに実践者として強く惹かれます。

04専門性が深いほど、謙虚になれるのか

Deborahとの対話では、Teamboxのクライアントであるノーザンファームのリーダーたちの話にも広がりました。調教、繁殖、装蹄など、彼らは非常に高い専門性を持っています。horizontal developmentという意味では、極めて豊かな成長を遂げている人たちです。

一方で彼らは、「専門性だけではどうにもならない」ことを身体的に知っているように見えます。毎日向き合うのは完全にはコントロールできない馬という生き物です。昨日うまくいった方法が今日も通用するとは限らない。だから観察する。待つ。自分の判断を疑う。相手から学ぶ。そして必要ならやり方を変える。

ここから私は、Intellectual Humilityは研修室で教えるだけのものではなく、日常の環境によって育まれる可能性があると考えています。問いは「どう教えるか」から「どのような経験、practice、contextが、知的謙虚さを生まれやすくするのか」へ変わります。

05UnlearningとDialectical Thinking

私はリーダーのUnlearningを Recognize → Question → Unlearn → Reconstruct → Lead Forward という5つのプロセスで考えてきました。しかし最近は、Unlearningを「古い考えを捨て、新しい考えに置き換えること」とだけ捉えるのでは不十分だと考えています。

専門性か謙虚さか。方向を示すか任せるか。自信を持つか疑うか。実際のLeadershipでは、どちらか一方を選べばよいわけではありません。専門性を持ちながら自分の限界を知る。方向を示しながら他者に委ねる。自信を持ちながら、自分が間違っている可能性を保持する。

ここで浮かび上がってきたのが Dialectical Thinking(弁証法的思考)です。相反する複数の真実をすぐにどちらか一方へ閉じず、その緊張を保持しながら、より複雑な理解を生み出す。これは5ステップに追加する「第6のステップ」ではなく、Unlearning全体を可能にするdevelopmental capacityなのかもしれません。

この考えは Negative Capability ともつながります。不確実性、曖昧さ、not-knowingの中に意識的に留まり、答えを急いで閉じない。永遠に決めないのではなく、十分な時間そこに留まることで、予想していなかった理解がemergeする余地をつくる。

06私がこれから探究したい問い

私はHuman Developmentの博士研究に向けて、次の大きな問いを置いています。

What kind of human development enables leadership in an increasingly complex world?

複雑化する世界において、リーダーシップを可能にするのは、どのような人間の発達なのか。

Deborahとの対話を重ねる中で、この問いには Intellectual Humility、Negative Capability、Dialectical Thinking、Unlearning、Meaning-makingの再構築が関係しているように感じ始めています。まだ十分に概念化できていません。だからこそ、研究したい。

What experiences, practices, and contexts enable leaders to transform how they make meaning in complexity?

複雑性の中で、リーダーの意味づけそのものを変容させるのは、どのような経験、実践、そして環境なのか。

これからのLeadership Developmentで必要なのは、さらに多くの「正解」を与えることではないのかもしれません。自分の正しさを疑う。異なるperspectiveを求める。矛盾をすぐに解消しない。分からない状態に少し長く留まる。そして、昨日まで自分を成功させてきた前提を問い直し、そこから新しい意味をつくる。そうした発達の経験そのものをどう生み出せるのか。私はこれを研究と実践の両方から探究していきたいと考えています。

Deborah Pascoeについて

Deborah Pascoeは、リーダーシップ開発の実践者・研究者であり、Phronesis FoundationのDirectorです。博士研究では、複雑性をnavigateするために必要なDynamic Leadership Skillsと、その発達を探究しています。研究はLeadershipとAdult Developmentを接続し、Dynamic Skill Theoryを用いながら、リーダーが必要なskillsをどのようにidentifyし、practiseし、cultivateし、実際の組織でenactするのかを明らかにしようとしています。

本稿は、Deborah Pascoeから共有された博士研究Abstractと、瀬田千恵子との継続的な対話をもとに、瀬田自身の実践・研究上の考察を加えて構成しています。Deborahの研究そのものの主張と、瀬田の解釈・仮説は区別して記述しています。

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瀬田 千恵子 Chieko Seta

株式会社チームボックス 代表取締役COO / People Developer

全日本空輸(ANA)にて旅客サービス業務に従事した後、小売業界にて店長として現場の人材採用・育成を担う。その後、香港に渡り、現地日系外食グループにて人材開発を担う。帰国後は大手人材会社にて人材派遣、採用、コンサルティングに加え、新規事業の立ち上げに携わる。外資系消費財企業にてHRアシスタントマネージャーを務めたのち独立。

現在は株式会社チームボックスの代表取締役COOとして、営業戦略から組織運営、人材開発までを統括。成人発達理論を基盤に、「人の内面の成長と組織成果を接続する」リーダーシップ開発を軸に、日本企業の組織変革を支援している。経営幹部から次世代リーダーまで幅広い層の育成に携わり、理論と実践を往復するアプローチに強みを持つ。

リーダーシップを単なるスキルではなく「在り方の進化」として捉え、個人の意味づけの変容と組織変革を同時に促す実践を行っている。近年は成人発達理論と感情の関係性にも着目し、実務と探究の両面から研究と実践を重ねている。

立教大学大学院経営学研究科修了(経営学修士/専門:リーダーシップ開発)。国際コーチング連盟(ICC)認定プロフェッショナルコーチ。

著書『完璧なリーダーをやめたら、人と組織が動き出した 成人発達理論によるオーセンティック・リーダーシップ』

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