Column
対談

直感と行動力で未踏の道を切り開き、先駆者として誰もが心地よい未来をつくる(後編)

2024.07.29
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チームボックスの女性リーダー育成プロジェクト「Project TAO(プロジェクト タオ)」は、政府が掲げる2030年までに女性役員比率30%以上という目標に向けて、社会や組織の前提や変化を恐れず、いつでも、どこでも、誰とでも生き生きと活躍できる女性リーダーの輩出促進を目的としています。今回は「Project TAO」のゲスト第二弾として、2011年のFIFA 女子ワールドカップ優勝メンバーであり、JFAの理事として、アルビレックス新潟レディースで現役の選手として活躍中の川澄奈穂美氏をお迎えし、これまで歩んでこられたキャリアや人生を中心とする「道(TAO)」について、チームボックス 取締役の瀬田 千恵子がお話を伺いました。

後編ではアメリカと日本における女子サッカー選手の環境や現状、女性リーダーとしての自身の役割や、今後ますます広がっていくJFA(日本サッカー協会)での活動についてご紹介します。

前編はこちらをご覧ください。

 

アルビレックス新潟レディース キャプテン
公益社団法人日本サッカー協会(JFA)理事
川澄 奈穂美 氏
2011FIFA 女子ワールドカップ(W杯)優勝メンバー。 日本体育大学からINAC 神戸レオネッサに入団。2011年~2013年のなでしこリーグ3連覇に貢献。日本代表としてはW杯、ロンドンオリンピックに出場し、チームとして 国民栄誉賞を受賞。2014年より女子サッカーの本場、アメリカのナショナル・ウーマンズ・サッカーリーグ(NWSL)に活躍の場を移し、 2023年7月までニュージャージー州「NJ/NY Gotham FC」に所属。2023年8月よりアルビレックス新潟レディースに所属。

アメリカで目の当たりにした女性たちの挑戦

瀬田 千恵子(以下、瀬田):川澄選手は、2014年から女子サッカーの本場であるアメリカに活躍の場を移され、2023年まで9シーズン、活躍されてきました。アメリカでは、日本以上にダイバーシティの環境があったと思います。川澄選手が日本のジェンダー問題について、公の場で積極的に発言されているのは、アメリカでの経験が影響しているのでしょうか?また、アメリカの女子サッカーを取り巻く環境は、日本とは異なるのでしょうか?

 

川澄 奈穂美選手(以下、川澄氏):私がジェンダー問題について、自分の考えを示していくというマインドになれたのは、アメリカでの経験が非常に大きいです。

 

アメリカで一番印象的だったのは、女子代表チームの選手らが男女間での報酬の不平等を巡り、裁判を起こしたことです。最終的に、男女平等の報酬を勝ち取りました。そのエネルギーが本当にすごいなと間近で見ていて思いましたし、これを今の日本の女子代表チームがJFAに対して同じことができるかと言ったら、できないと思います。でもそれを彼女たちはやり遂げて、自分たちで結果を出し続けているんです。本当は、結果うんぬんではなく、男性も女性も平等に機会を与えられるべきだし、その上で報酬も平等に受け取るべきだと思います。この問題に対して日本で議論すると、「理解していない」「需要と供給の問題」「歩合制だから」と言われてしまいますが、長い間、男性が優遇されてきたことも事実です。アメリカの女子選手がしっかりと闘って、報酬面での平等を勝ち取ったことはすごいなと思います。

 

瀬田:日本でも同様の発想が広がれば、変化が生まれる可能性があると感じます。女性たちが置かれている環境が当たり前ではないことを自覚し、行動することが重要ですね。

 

川澄氏:これを日本が全く同じように実現できるかどうかという発想は、現時点では難しいかもしれませんが、このような意識を、女子サッカー選手それぞれが持つべきだと思います。今、置かれている環境が当たり前じゃないんだよということを自覚して欲しいですね。女子サッカー選手はすごく根が真面目だし熱いし、サッカーが大好きです。だからこそ、仕事と両立しながらアマチュアリーグで活動してきました※。例えば今、プロリーグがなくなって、仕事しながらサッカーを続けてくださいと言えば、続ける選手がほとんどだと思うんです。それに対して上の人たちが甘えてはいけないし、プロとしてしっかり扱わなければいけません。女子にもそういった環境を整備していくというのは、必要なことです。まずは、男子も女子も一緒にするという意識づけからですね。女子選手たちの「女性だから仕方がないね」という考えも、日本がそういう国であるということを象徴してしまってると思います。女だから仕方がないというのは理由にはならないということを、今だからこそ、もっと一人ひとりが自覚して、発言、発信していく必要があると思います。言いづらいことを言ってくことはすごく必要なんです。

※日本女子サッカー初のプロリーグ「WEリーグ」は2021年9月にスタート。

 

黙っていることは楽ですし、黙って何となくやり過ごして引退し、楽しいサッカー人生でした、でもいいとは思うのですが、プロとして活動する以上は、後世に何かを残さないといけません。これからのサッカー選手を目指す子どもたちが、同じ苦労をせずに、別のことに労力を使えるように、そして女子サッカー選手になりたいという憧れを持ってもらえるように、今の自分たちが闘わなければいけないと思っています。

 

瀬田: この問題はサッカーに限らず、広く言えることだと思います。女性であることが言い訳にならないというのは、まさにそのとおりだと思います。しかし、日本の現状を見ると、多くの業界で前提が変わらないままであることが多いです。女性が本気で取り組めば、より長いキャリアを築ける可能性もありますし、より成果を上げられるかもしれません。しかし、環境や制度がそれを許さない場合もあり、女性自身が自分の能力に疑問を持ってしまったり、あきらめたりする原因にもなっています。本当の潜在能力に気づいていないことが多いのも事実です。古い価値観や前提を変えていくことが非常に重要だと考えますが、そのためには日本の社会で何が必要でしょうか?

川澄氏:もう本当に変えなければいけないことは、たくさんあります。地球上では、男性と女性は半々です。日本の中で考えると、女性を働かせないということは、それだけ生産力を失ってるということにもっと気づいた方がいいなって思います。能力に関しては、男性・女性ではなく、能力がある人というくくりにした方がいいし、無意識で性別に配慮していることによって、能力が失われてるということに、もっともっと国が気づかないといけません。

 

例えば、女性は男性には絶対できない出産ができる生き物です。出産のときは休まざるを得ません。それが、キャリアアップしていく上で、足かせになるというのは非常におかしいと思います。そこに対する保障を国や企業がもっとしっかりとするべきです。同じ能力を持った男性と女性がそれぞれキャリアを積んでいく際に、「どうせ結婚して辞めるんでしょう」や「出産して仕事を中断するでしょう」といった発言も、絶対に許されるべきではありません。

 

また、子どもが風邪を引いた時に、「帰らなくて大丈夫ですか?」と言われたことのある男性はどれだけいるのかなって思います。そういう役割が回ってくるのは、まだまだ女性が多いのが現状です。そういった無意識の差別やマインドは絶対に変えていかなければいけないところだなと思います。男性女性で分けずに、志ある人が働ける日本になっていって欲しいです。

目の前にあることに全力で取り組むことがリーダーの役割

瀬田:これまでの選手生活の中では、キャプテンを経験されたり、組織の中心でリーダーとしての役割を果たされてきたと思いますが、川澄選手はご自身をどのようなタイプのリーダーだと考えますか?

 

川澄氏:私はとにかくリーダーに向いてないんですよ。チームのみんなにも、今年のアルビレックスはキャプテン不在だと言っているくらい、自分はキャプテンタイプではありません。小学校のチームではキャプテンでしたが、声が大きくて元気だったので選ばれただけです。高校の選抜チームでもキャプテンを務めましたが、キャプテンシーがあるというタイプではありませんでした。

 

今年、リーグ戦に入る前に監督からキャプテンに任命されました。トップリーグでキャプテンを務めたのは2012年のINAC 神戸レオネッサ以来です。その時も、あまり向いていませんでした。トップレベルに行けば、一生懸命まとめようとしなくても、意識のある選手たちが多いです。昨季のアルビレックス新潟レディースはシーズンが始まってから2か月ほどのカップ戦の期間はキャプテンが不在で、試合毎に監督がゲームキャプテンを指名するというスタイルでしたし、それでもチームはまとまっていました。。キャプテンがいなくても、一人ひとりがやることをやっていれば、チームはまとまるものだなと思いました。でも、キャプテンに指名されたのは、監督が2カ月間の取り組みやチームのバランスを見て、声をかけてくださったと思うので、引き受けました。自分がサッカー選手として必要なことを発言し、行動し、練習を100%やる姿を見て、キャプテンに指名されたのだろうなと思っているので、キャプテンだから、あれやらなきゃこれやらなきゃとは思いません。素でいることが、一番キャプテンとして引き立つのかなと思っています。

瀬田: 今までのお話を振り返ると、川澄選手は自然体のままでも大きな影響力を持ち、リーダーシップを感じさせるのだと感じました。自らがキャプテンシーを発揮して人を動かすという発想を持たないというのは川澄選手ならではです。

 

川澄氏:今年JFAの理事に選んでいただいて、さまざまな場面でいろいろな方と交流する機会がありますけど、本当に思ったことを言っちゃいますし、それに対して自分がどう思われてもいいって思う性格です。思っていることを忖度なく発言することは、すごく大事だなと思います。でもサッカーをしてるときは、プロサッカー選手として一貫性を持って取り組む姿勢は大切にしています。適当なことをやっている人が、キャプテンとしてペラペラ言っても何にも刺さらないと思うからです。「サッカー選手としてやるべきことは毎日100%やる」というのは絶対にぶれてはいけないなと、常に心に留めています。

 

瀬田:常に等身大でいらっしゃるのですね。キャプテンやリーダーであるということを意識しなくても、プロとしての姿勢を周囲に見せることが、リーダーシップにつながっているのだと感じます。

 

川澄氏:受け入れてくれているチームメイトがいるからこそです。本当に、周りの方々に感謝しています。

瀬田: キャプテンは向いていないとおっしゃいますが、チームメイトに手作りのクッキーを配ることもあると伺いました。空気作りを意識されているのでしょうか?

 

川澄氏: 「配ることでチームがまとまるかな?」と思って配っているわけではありません!私は単にお菓子を作るのが好きで、みんなが美味しいと言って食べてくれるので、配っているだけです。

 

瀬田: オンザピッチのときもオフザピッチのときも、ずっと一貫していらっしゃるということですね。

 

川澄氏: そう思います。良いのか悪いのかわかりませんが、ほとんど感情がぶれることはありません。ぶれるとしたら、嬉しい楽しいが爆発的に伸びるぐらいです。嬉しい楽しいの振り幅はとても広い人間ですが、怒りという感情がぶれることもないですし、ストレスの振り幅もすごく少ないです。

自分を肯定するために、自信がつくまで努力をする

瀬田:すごく記憶に残っているのが、2011年のFIFA 女子ワールドカップの準決勝で、川澄選手が2得点決められたことです。プレーにおける重要な瞬間には、川澄選手の感覚や強さが影響しているのではないかと考えます。プレーの際に何か意識されていることはありますか?

 

川澄氏:プレーをするときは、自分と周りの特徴は何かということを常に考えています。もちろんチームプレーなので、練習で積み重ねてきたことや、相手を分析をしての戦術があるので、それはプロサッカー選手として考えてやっていますけど、サッカーをする上で自分の良さは何かというところと、自分も味方も活きるためにはどうすれば良いかということを考えて戦っています。

 

瀬田:自分の強みをどう活かすかを考えてプレーされているということですが、日本の女性は、活躍機会が少ないため、自己効力感や自己肯定感を持ちにくいと言われています。そのような状況で、自分を肯定し自信を持つためのアドバイスがあれば教えていただけますか?

 

川澄氏:私は、「自分が自分を信じてあげないでどうするの?」といつも思っています。そこは絶対に忘れないですし、自分に自信を持つためには、努力は絶対に必要なので、「努力をしたら報われるのではなく、報われるまで努力しろ」というのは本当だなと思っています。

 

サッカーの世界では、努力に対する評価をするのは他人です。でも、自分がどれだけ努力してきたか、どれほどの辛さを乗り越えたかは自分にしか分かりません。人が見ていないところで積み重ねてきたことは、自分自身が一番わかってることだと思うので、自分自身が自信を持てるまでやるというのはすごく大事なことだと思います。たとえ結果が出なかったり評価されなかったりしても、それはタイミングの問題です。経験や積み重ねてきたものは絶対、自分の糧になっていると思うので、それは絶対に忘れてはいけないと思います。チャンスは無限にやってくるものではありませんが、努力している人には必ずタイミングが来るので、ぶれずにコツコツと続けることが必要だと思います。

みんなの選択肢になるような道を歩いていきたい

瀬田:女性の活躍が進むためには前提条件が変わる必要があると感じますが、JFAの理事に就任されたことで、サッカーチームや業界以外にも影響があると考えます。理事としての意気込みや今後の展望についてお聞かせください。

 

川澄氏:理事を引き受けたのは、女性の現役選手という自分の立場が大きなキーワードだったからです。そこに目を向けてくださったことは素直に嬉しくて、本当にサッカー界が変わっていくチャンスだなと感じました。当時は、理事の重要性をあまりわかっていませんでしたが、引き受けるからには責任があると思いますし、しっかりとしなければいけないという自覚は持っています。

 

JFAとしては、国が推奨しているように、女性比率を40%以上※にするという規約に則って、人選をしたようです。時代の流れにどんどん乗っていくことは、すごく必要なことだと思いますし、自分自身もそういったところに身を置けるのはありがたいので、引き受けさせてもらいました。理事になったからには、名前だけではなく、自分が感じている現場のことをどんどん発言していきたいなと思っています。サッカー界の歴史の中で、理事はたったの2年間です。劇的に何かを変えられるかと言われれば、変えられないかもしれないですが、過去と未来をつないでいく役割として、非常に大事な2年間になると思って務めていきたいと思っています。

※スポーツ庁が出した「スポーツ団体ガバナンスコード」 では、「組織の役員及び評議員の構成等における多様性の確保を図ること」とされており、女性理事の目標割合 (40%以上)が設定されている。

瀬田:現役選手ならではの視点というのは、大きな強みですね。

 

川澄氏:話題性という意味でも、女性であり現役選手という立場は大きいと思います。ただ、その話題性を話題だけで終わらせたくありません。メディアに取り上げてもらうことで、さまざまな人の目に触れることは非常に良いことですが、話題だけで中身が空っぽにならないように、しっかりと自分自身もいろいろなところに目を向けて取り組んでいきたいと思います。

 

瀬田:楽しみにしています。最後にお伺いしたいのですが、今回の女性リーダー輩出促進プロジェクトの名前が「Project TAO」で、TAOは道という意味を持ちます。川澄選手も今後、人間としてもますます成長され、さまざまなところでご活躍されると思いますが、いち個人として、どのような道を歩んでいきたいと考えていますか。

 

川澄氏:私は自分自身が一番楽しい人生を歩みたいなと思っています。自分という軸は一番大事ですが、人間として生まれてきましたし、サッカーではいろいろな経験をさせてもらいました。自分のためだけではなく、いろいろな人が楽しい人生を歩めるように、たまには道のない道を切り拓いて、こっちも行ってみようかなというようなことをしながら、まっすぐな道だけではなく、いろいろな人の選択肢になるような道も歩いていけたらいいなと思います。

 

瀬田:川澄選手はオンオフや、所属するチームや世界関係なく、本当にありのままのオーセンティックなリーダーなんだなということを感じて、非常に勉強になりました。本当にパワフルで、人生を楽しみながら自分で決めた道を歩まれているリーダーだと思います。私もその一人ですが、川澄選手の生き方が参考になる女性はたくさんいると思います。大変刺激のあるお話をお聞かせいただき、ありがとうございました。

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